断捨離とは部屋を綺麗にすることではない

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断捨離とばかりに、身の回りの不要なものをどんどん捨てていく作業は快感です。不要なものがなくなり、広大なスペースが生まれます。

そして人はそのクリーンな状態を維持しようとします。

しかし、時間が経つにつれて、新しいモノは増えてしまい、スペースは消えてしまいます。

でもこれは健全なことだと思うのです。

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新しいチャレンジを受け入れる余裕を作る

なにか新しいことを習慣化するには、何かをやめる必要があります。人が使える時間は一日24時間と有限だからです。

逆に無駄な何かをやめて空いた時間を確保すると、新しい何かが生まれることが多いです。私は10年以上吸っていたタバコをやめたところ、空いた時間でジョギングをするようになりました。

同じように、断捨離をしてスペースを作ると、新しいモノを受け入れる余裕が生まれます。

例えば、スポーツの数だけ専用の靴が増えていきます。本を捨てれば、新しい本がやってきます。新しいチャレンジにはモノが必要なことが多いです。

つまり、断捨離とは部屋を綺麗にすることではなく、新しいモノを受け入れて新しい自分になることが目的なのです。

部屋の綺麗さを維持するために、新しいモノ、新しいチャレンジを拒絶していては、本末転倒です。断捨離のための断捨離になってしまいます。

積極的にバッファーを利用する

不要になったモノはすぐに捨てる必要は無いと考えています。新しいものを購入する代わりに何か捨てるというフローな状態は、決して効率が良いようには見えないです。

例えば新しくテニスを始めたので、これまで続けていた野球の道具を捨てろというの無理があります。確かに新しいことを始めるために何かをやめることは必要です。しかし、まだ始めたばかりのテニスがモノになるかどうかもわかりませんし、野球も再開するかもしれません。

ジャストインタイムなフローではなく、ある程度のバッファも用意しておかないと、断捨離はうまく回らないと思います。

バッファとは、一時置きの場所のことです。例えば、一年間利用していないものは捨てる「1年ルール」を徹底すれば、モノが溢れることはありません。

パソコンや電化製品、粗大ゴミなど厄介な不要品の処分や、書籍を自炊する方法などマスターすることで、モノが滞留しない仕組みを整えておくことも大切です。

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モノとの現実的なつきあい方

結局、断捨離とは過去と未来を秤にかけて、自分を見つめ続ける作業なのかなと。モノの必要性を瞬時に見極められる才覚があれば良いですが、多くの人はモノに溢れて生活します。それは卑しむべきことではなく、むしろ、新しいチャレンジをしながら前向きな人生を送るには自然なことです。

バッファを用意して、なるべくバッファをコンパクトにしていきながら、なんとかやり過ごしていく。でも全体を見れば、モノの総量は変わらないような状況を保つことが、モノとの現実的なつきあい方なのかなと感じています。

今日のわかった

モノが少ない生活には確かにゆとりが生まれます。しかし、モノが少ないからといって良い人生が送れるとは限りません。

何ごとも表裏があります。

すべてを「断捨離」でぶった切るのではなく、ケースバイケースでモノとのつきあい方を考えていけば良いかと思います。

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