「国語力」とはコミュニケーション力

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昔の上司から「仕事で一番重要なのは『国語力』だ。ところが、物ごとを正しく把握して、正確に伝える能力は、残念ながら学校の国語の授業では教わることはできない」という話を聞いて、すごく納得したことがあります。

22歳からの国語力

本書を、22歳の自分が読んでも、半分くらいしか理解できなかったでしょう。人生経験を積むにつれて、言葉の大切さ、コミュニケーションの重要性が身にしみます。若い頃に本書の内容を一つでも多く理解できれば、同世代のライバルより、一歩先に出れるはずです。


小学国語読本 / casek

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国語の授業はこれでよいのか?

従来の国語力というのは、あくまで文学や言語学の世界のものとして使われていました。(中略)

もちろん、最低限の国語力の教養は必要ですが、それ以上にいま求められているのはコミュニケーションとしての国語力なのです。

国語は言葉を学ぶ教科です。自分の言葉を他人に伝える、つまり「コミュニケーション」の道具として使えるところまで、本来はカバーすべき教科だと思います。

仮説を立てる。事実を正確に掴む。周囲を説得する…。どんな仕事でも、コミュニケーションなしでは成り立ちません。

ところが、国語の授業は、小中高と進んでも、やっていることはあまり変わらず、文字や漢字を覚えたり、文学小説を読んで内容を理解することがメインになってしまっています。

もちろん、小説の登場人物の心を理解することは、コミュニケーションで大切な「相手の気持ちを思いやる力」につながるでしょう。実際の現場では、表情や声の抑揚など、多くの情報を元にコミュニケーションをしています。いまの国語の授業ではコミュニケーション全体をカバーし切れていないのです。


Word Painting / Enderst07

人間は言葉によって創られる

「ありがとうございます」という短いフレーズの中に私たちの人生はすっぽり収まってしまうかのようです。

そういった言葉だと考えると、「ありがとうございます」という言葉を大切に使ってもらえるかと思います。

仕事でも私生活でも、コミュニケーションの基本は、他人に「感謝」をすることです。これまで無意識に生きてきたという人は、ぜひ今日から意識してみてください。周囲の反応が明らかに変わってくるはずです。

言霊というものがあるのか、ないのか。

人によってはバカバカしいと吐き捨てられそうですが、私自身は「ある」と思っています。なぜならば、人間は言葉によって創られ、言葉によって人間になるからです。

その言葉をおろそかにしてしまうと、必ずその言葉によって滅びていくのです。

言葉と言うものはとても不思議なものです。このように活字になった言葉でさえ、言語以外のメッセージが伝わるからです。

あなたが放った言葉にもし畏敬の念がこめられていれば、その言葉とともに相手へと気持ちが伝わるものなのです。そこは嘘をつけないのです。

悪口や文句ばかり言っていると、友人も離れていきます。悪口を聞くと、自分のことを言っているのではないか?と周囲は不安になります。人は不安になると、活動の能率が落ちてしまいますので、不安を撒き散らす人のそばから、自己防衛的に、そっと離れていきます。逆に楽しい話題を振りまいている人には、人は集まってきます。

言葉は暴力として使うと最強です。特に現在はインターネットが普及し、何気ない言葉遣いが、多くの第三者を傷つけてしまう可能性があります。すくなくとも、意識して言葉で暴力を働くことだけは慎みたいです。

実践的な国語力の肝はあなたを端的に表現できるエピソードをもっていることです。このことは他の何よりも強力な武器になります。

なぜかというと、エピソードがなければ会話も文章もただの抽象論になってしまい、何一つ説得力がなくなるからです。

しかも、エピソードがユニークであるとそれだけでつかみは達成できるのです。

言葉は、人生を背負って発せられます。多くの経験をしてきた人の話が面白いのは、多くのエピソードを持っているからです。国語力はコミュニケーション力である以前に、使う言葉の節々ににじみ出る、人生経験を積み上げて培われた人間力の支えがあってこそ成り立つのです。


Zen Stone Garden Kyoto / Bermi Ferrer

心のメンテナンス

言葉は人間そのものです。心にあるものが、言葉として表面化します。コミュニケーションは心のやり取りです。良い言葉を使うには、常に心をメンテナンスしておく必要があります。

気持ちばかりがあせって空回りしている時、躁に近い興奮状態の時、怒りがおさまらない時、漠然とした不安感に襲われた時など、さまざまな心の状態をゼロ地点に戻すことができます。(中略)

頭の中がリセットできれば、編集という行為は自然とできるようになります。自分が考えていることもクリアになり、コミュニケーションもスムーズになるでしょう。

本書では、心をリセットする方法が幾つか紹介されています。その中の「お風呂座禅」という方法を実践してみました。我が家は子供が二人いる上に、住居の中に仕事部屋があるため、お風呂くらいしか一人になれる場所がありません。子供達をお風呂に入れた後、一分ほど座禅を組むと、心が落ち着きます。


celtis / potaufeu

国語力とは生きる力

「仕事とは、自己紹介のことである」(中略)

ほとんどの職業の場合、常に固定されたスタッフで仕事をしていくのではなく、新しい出会いがあり、新しいプロジェクトがあるからです。

ですから、常にきちんと「自己紹介」できることが重要なのです。

自分とは何者かをきちんと説明できる人は、少ないでしょう。私も自分が何者なのか、日々思考しています。周りと比較して、自分の強みは何か?自分には何ができるのか?一生をかけて常に探しつづけていくものです。

過去10年のベストセラー作品には、手にとったとたんに「何かがおかしい」と思わせるものがあったのです。

それは「タイトルが妙だ!」「単行本なのにページが少なすぎる」「ソフトカバーなのに高単価」など、常識的にはあり得ない「欠如感」だったのです。(中略)

このような見方をすると、私たちの「他人とは違う何か」とは、自身が欠点だと感じていることかもしれないのです。

「何でもある」ということは、「何もない」ことと実は同じです。不完全だから、足りない部分があるからこそ、個性が生まれます。人それぞれまったく違う人生を経験してきています。人の見方、考え方、好みはそもそも違って当たり前です。

感謝の心を忘れず、個性を認め合い、上手くコミュニケーションをして、周りと良好な関係を築き上げることこそが、幸せに生きるための力、「国語力」になるはずです。

今日のわかった

いっそうのこと、「国語」の教科名を「コミュニケーション」に変えてしまうとかどうでしょう?

内容は同じでも、教える側、受ける側の意識は確実に変わると思います。

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